年金受給額が目減りしていく:マクロ経済スライドとは

年金受給額が目減りしていく:マクロ経済スライドとは

いま公的年金制度で使われている「マクロ経済スライド」の仕組みを分かりやすく説明しようと思ったのですが、仕組み自体がすごく分かりづらい。表や数字で説明しても、ほとんどの人は面倒くさくて嫌になるだろうと思ったので、仕組みのエッセンスを文章にして解説することにしました。

そうすることで、国が言いたくないことも、私たちが知っておくべきことも、あぶり出されてきます。

公的年金制度はなぜ抜本的に改正されたのか

現行の公的年金制度に改正されたのは平成16年(2004年)です。

それまででの年金給付額は、物価上昇率に合わせて決める「物価スライド」でした。ですから、「給付水準」(お金の価値)は変わりません。
物価が上がると普通は賃金も上がりますので、昔の人口構成であれば、物価スライド分の保険料が上がっても問題ないわけです。つまり、保険料を払う者が年金をもらう者を支える、健全な「賦課方式」の時代がありました。

ところが、少子高齢化が進んで人口バランスが崩れると、このままではとても支えきれなくなって崩壊するよ、というのが、年金問題の始まりです。

5年ごとに「財政再計算」というのを行って、財政バランスを取るように、ちょこちょこ改正もしましたが、らちがあきません。それでもって、2004年に抜本的な制度改正が行われたのです。

今の公的年金制度、マクロ経済スライドをざっくり説明すると

2004年の改正で、それまで年金給付額を決めていた「物価スライド」をやめて、「マクロ経済スライド」というものを導入しました。マクロ経済スライドでは、「物価や賃金の変動率」に、「スライド調整率」というものをかけ合わせて、年金給付額が決まります。

スライド調整率

(出典)厚生労働省 社会保障審議会年金部会 資料

この「スライド調整率」は、「保険料を払う被保険者数の変動実績」×「平均余命の伸びを勘案した一定率0.997(マイナス0.3%)」です。

つまり、少子化で現役が減ったら受給額も減らす、寿命が延びるからその分の受給額も減らしておくという、マイナス調整率なのです。

さらにややこしいことに、「物価と賃金変動率」がどちらも「スライド調整率」分をマイナスしてもまだ上回っているときにしか、「マクロ経済スライド」は発動しません。どういうことかと言うと、次の3パターンで説明します。

マクロ経済スライド

(出典)厚生労働省 社会保障審議会年金部会 資料

<3パターンの説明>

  • 物価も賃金も十分プラス→上げ幅の少ない方にスライド調整率をかけて年金給付額を決める(マクロ経済スライド発動)
  • 物価か賃金がどちらかマイナス、あるいは微々たるプラス→年金給付額はそのまま(下げるほど余裕がない)

    2番目のパターンは、2021年度からは、マイナスの方に合わせて、きっちり下げることになりました。

  • 物価も賃金もマイナス→下げ幅の少ない方に合わせて年金給付額を決める(景気が悪い分だけ下げる)

これによって、マクロ経済スライドが発動される1番目のときに、実際の年金給付額(「名目額」と言います)が前年よりマイナスにならないようにしています。つまり、スライド調整率で減額されたという実感がわかないような仕組み。

景気の良いときにまとめて調整するキャリーオーバー

余裕がある時しかマイナスされないなら、経済が低迷している間はスライド調整率が無いのと同じではないかと思うでしょう。実際、景気が低迷していたので、なかなか調整が進みませんでした。

そこで2018年に導入されたのが「キャリーオーバー」という恐ろしい仕組みです。

キャリーオーバー

(出典)厚生労働省 社会保障審議会年金部会 資料

マクロ経済スライドが発動されなかった年のスライド調整率は、次年度以降に繰り越して累積されます(「特別調整率」と言います)。そして物価や賃金上昇率が十分な年に、まとめて適用されるのです。

2019年は4年ぶりにマクロ経済スライドが発動されましたが、その計算は、
賃金変動率(0.6%)ースライド調整率(0.2%)ー特別調整率(0.3%)=年金改定率 0.1%でした。つまり、0.5%の抑制。
スライド調整率が0.2%と、その前の0.3%より低くなっているのは、60歳以上の雇用や外国人労働者受け入れ分で、加入者が0.1%増えたからです。一時的なもので、少子化の流れは変わりません。

景気が良くなって現役世代の賃金が増えても、年金はほとんど増えない仕組みです。

マクロ経済スライドで得する人はいない

少子化高齢化

老後資金2,000万円問題で野党から追及されたとき、当時の安倍首相は、「マクロ経済スライドによって、今年の年金改定率は、0.1%のプラスだったんです!」って必死で反論していましたが、「この人何言っているんだろう、そこは自慢するところじゃないだろう」って思いました。

マクロ経済スライドの発動で、年金給付額の抑制が働くということは、現在受給している人にとってはマイナスで、将来受給する現役世代にとっては、早く調整が進んでプラスの効果になります。

プラスと言っても、今よりも目減りすることは確定していますので、調整が先送りされてもっと目減りする、あるいは制度が破綻するよりはマシということです。

このように、マクロ経済スライドは、とても分かりにくい仕組みで、「キャリーオーバー」も聞いただけだと何のことか分からない。宝くじの当選金が累積されるキャリーオーバーは良いイメージがあるけど、マクロ経済スライドのキャリーオーバーは最悪です。

年金を減らす政策を分かりやすくすると、選挙に影響するからと思われても仕方ないでしょう。